新時代の美へアプローチ

記:大阪芸術大学アートサイエンス学科教授 市川衛

『BE いきものがたり』というコンセプトに基づいた京丹後の森アートキャンプのアートへのアプローチには、従来の美への解釈とは異なる美への考察が底辺に存在します。モノとしての作品ではなく、体験が生まれるコトとしての作品やワークショップが重要視され、自然とのコラボで生まれるアートの新たな可能性を追及しています。

自然とは何か?

 自然へのまなざしには多様性があります。まず思い浮かぶのは観光地のような誰もが感動するような風光明媚な絶景や、人の手が入らない手付かずの美しい自然などでしょう。しかし、これらのイメージは自然の現実のごく一部に過ぎません。砂漠が多い過酷な自然環境では、自然は人間に脅威をもたらす人間と対立する存在であって、支配・コントロールしなければいけないと考えることが当たり前の地域もあります。四季があり自然の恵みが豊かな日本では、人間も動物も自然も全て繋がる八百万の神々であって、自然は人と共生することが当然のように受け入れられています。日本の自然の美しい風景の多くは伝統的に農業や林業などの人の営みと共同作業で生み出され保全されてきましたが、一方では後継者不足で放置され荒れていく農地や山林が増加する現実にも直面しています。また、風光明媚ではなくとも日本中どこにでもあるありきたりのふるさとの自然も日常の心の風景です。さらに考えを広げれば、自然の風景を一変させている都市の風景でさえもある意味では自然の延長だと解釈することもできます。

 京丹後の森アートキャンプでは、今の時代の中で京丹後の自然の中で自然と向き合い直し、捉え直してしていくことを全体のテーマとしています。自然も人間も動物も宇宙までもすべてつながっているという考えをもとに、「すべてがつながるいきもの物語」をメインテーマにアートの力で展開していきます。

アートと自然の関係

 アートといえば通常はアート作品という物質的に存在するモノを思い浮かべますが、実のところそもそも人間が存在しないのであればアートなど全く存在することさえできないものなのです。アート(=芸術)の定義は千差万別にありますが、アートは人のこころを豊かにするメディアであるということがアートの根本的な存在意義ではないでしょうか?そして自然は古来から人間の豊かな創造力の源泉であり最高の教師でありつづけてきました。

 テクノロジーやメディアの高度情報化が進んだIT社会では、情報やコンテンツが過剰なほどにあふれています。メタバースやxRなどのバーチャルの世界も今後ますます本格化していく勢いの中で、あらゆるコンテンツが商業的価値を目的として発信される傾向がますます強まり人々はその流れに巻き込まれていくでしょう。しかしこのような時代だからこそ、過剰な情報発信に受動的に振り回されることなく、人や世界の根本を主体的に見つめる原点に回帰する視点がとても重要になるといえます。そこで自然やアートの本来の存在意義がクローズアップされるべきテーマとなるのです。

京丹後の自然 X アート

 京丹後の自然はとても豊かで風光明媚で観光スポットになる場所もたくさんあります。京丹後森林公園スイス村は丹後半島の大自然のど真ん中に位置していますが、観光客が押し寄せるような絶景の観光スポットで決してありませんが、自然の息吹が満ち溢れた素晴らしい場所です。緑あふれる森林の風景だけではなく、下界では味わえないおいしい空気、あふれんばかりの野鳥のさえずり、夜空に輝く満天の星、おいしい水と炊いたご飯の極上の味わいなどなど、都会の生活では失われてしまった四季を通じて変化するありのままの自然のめぐみがここにはあります。

 自然の息吹のまっただ中で、アートを通じて自然と対話することで、自然を見つめ直し、生きるとは何かを感じ、発見・創造の体験をすることこそスイス村で行うべきアートイベントの意義だと考え、京丹後の森アートキャンプが発足しました。京丹後森林公園スイス村をアートと自然を通した発見・創造・学びの聖地とすることがスイス村アートの最終目標となります。

 京丹後の森アートキャンプは自然の中に美術作品を展示するだけの通常の野外アート展示形式とは異なり、丹後の豊かな自然を前にした人々がアート作品やワークショップを通して自然と対話することで、新たな発見や創造体験をすることで心を豊かにするとことを目的としています。見えるもの、聴こえるものなど五感で直接捉えられるものではなく、自分が主体的に関わるからこそ見えてくるもの、聴こえてくるもの、感じられてくるものこそが京丹後の森アートキャンプに参加する意義となります。与えられるアートではなく、自分自身が発見し創る体験型・参加型のアートイベントが本企画の骨格となります。

 京丹後の森アートキャンプはアートイベントだけでなく地域との繋がりを重視しているのが特徴です。未来を担うこども達を含む地元の人びとの想像力・創造力を高めあう社会活動を目指し、他地域の人々を呼び込み新たな丹後の地域創出に貢献するなど、アートの力による社会活動となることを目標に掲げています。